たまには趣味の話でも。
年間フルプライスのゲームだけで30タイトルほどは買っているが、未だにほとんどをパッケージ版で買っている。まだゲームをパッケージで買ってるの?と揶揄されることもあるし、自分でも時代錯誤なことをしているなあと自嘲しているが、そこには代えがたい魅力がある。
わざわざパッケージで買い続ける理由はやはり物理的な所有感。大量のゲームを棚に並べて悦に入る体験は何事にも代えがたい。

本棚を見れば人となりがわかるというように、ゲーム棚も自分のアイデンティティの一部だと思う。自分が死んだときに棚に遊んだゲームが残っていて欲しい。 棚に大量に詰め込まれたり物理メディアを見返すと、プレイした当初を思い出すし、膨大なゲームに囲まれているという感覚にうっとり。ダウンロード版では味わいがたい。
このような習慣を15年ほど前から続けているので、家にある物理メディアは膨大な量になっている。いつか索引を作りたいと思いつつ、何本あるかは正確に把握できていない。

ちなみに、同様の理由でSteamではあまりゲームを買わない。この他に、僕の生活がMac環境で完結しているためゲーミングPCに日常的にアクセスしないという事情もある。
あまりにも少ないパッケージ版のメリット
しかし、この運用を続けるに当たって、近年は業界全体のDL版への移行圧が強く、そろそろ物理メディアを買い続けるのが厳しくなってきた。
そもそも遊ぶのが不便!
まず、当然、実際に遊ぶという面において、DL版の方が断然利便性が高い。ディスクの入れ替えが必要という煩わしさは真っ先に挙がる。 ゲームをしたいのに、わざわざ起き上がってディスクを入れ替える一手間の腰が重くて、もういいや、となってしまうこともしばしば。
他にも、思いつく限りに以下のような問題もある。
- 起動にディスク・カートリッジが必要問題
- PlayStation Portalで遊ぶときにディスク入れ替えが発生してリモートで完結できない
- Switchを他人の家に持って行ったときに出先で持ち合わせがなくて困る*1
- Switchではカードの読み取り速度の問題でDL版よりパフォーマンスが劣化する
- PS5では結局SSDにインストールされるためストレージの削減効果が全くない
- 発売日にすぐに始めたいのに届くまで遊べない
- Switch 2のキーカードの存在(後述)
列挙してみるとますます利点がない。
とにかく場所を食う
このゲームライブラリを維持するために、都内のただでさえ狭い居住空間を大きく逼迫している。収納の問題が大きくなり、2年前にはゲームを収納するために棚を特注した。

過去の引っ越しの際に、プレミア化していない愛着の少ないレトロゲームはパッケージを捨ててメディアだけを残し、ディスクメディアはケースにまとめたりして圧縮を試みたが、大部分はまだそのまま残っている。
限定版のDL販売への移行
以前は特典目当てでパッケージ版を買う必要があることも多かったが、最近は業界動向も変わってきた。DL版にのみ付加価値を付けるケースが増えてきたからだ。
最近は上位エディションもDL版で販売され、物理特典は単品発売されることが多い。例えば、最近だと『DEATH STRANDING 2』や『METAL GEAR SOLID Δ』、『ELDENRING NIGHTREIGN』などは、デジタルデラックスエディションとしてDL版にアーリーアクセスやDLCが付いていて、さらに上位の物理グッズなどは単品発売という具合だ。ますますパッケージ版を買う意味が薄い。*2
結果的に、愛着があり何度も遊ぶタイトルや、発売を心待ちにしているタイトルほどDL版で買い、クリアしたら起動しないもの、急いで遊ばないものほどパッケージで所有するという逆転現象が起きている。本当は好きなタイトルをパッケージで持っておきたいのに!
Nintendo Switch 2のキーカードの存在
Switch 2のキーカードの問題もある。キーカードはSwitch 2世代から導入された新しいパッケージ版の販売形態だ。物理カートリッジのように販売されているが、中にはゲームデータが入っておらず、DLカードとしてしか機能しない。 その上、通常のDL版と違って、起動にはキーカードが必須となる。これはパッケージ版とDL版の悪いところ取りと揶揄される。

この仕様は、物理メディアを持ち続ける言い訳の1つである「サ終に強い」という特徴を大きく損なっている。プラットフォーマが終わったときに新規にゲームが購入できなくなってしまう*3。
さらに、最近リリースされたタイトルでは、パッケージを開けたらキーカードすらなく、ダウンロードコードが1枚入っているだけというタイトルもあるようだ。
パッケージを集めたい勢がこの先生き残るには
このように書き連ねているだけで、未だにパッケージ版を買い続けることは酔狂に近い。なんらかの痕跡として物理ライブラリを維持したい気持ちはあるが、そろそろ限界に感じる。
というわけで今後の運用をどうしていこうか悩み中。デメリットの方が目立ってきたので、どこかですっぱり全部DL版に切り替えるかもしれない。現に最近のタイトルは徐々にDL版に切り替えている。ライブラリの構築も、踏ん切りが付けば電子的なもので十分かもしれない。コレクション全般に言える悩みである。
ゲームに囲まれて暮らそう
昔からの理想で、やりたいゲームが常に取り出せて、あらゆるゲームを遊べる空間を維持したいと思っている。周りから見ると、積みゲーを買ったり、同じゲームをDLと物理の2本買ったりと、酔狂だなあと思うかもしれないが、自分にとっては大切な価値観なのでなるべく続けていきたい。
ゲームに限らず、書籍やマンガ、音楽CDでもそうだが、物理メディアが残らない時代は寂しくも感じる。もう一昔前の感性なのかも。